2018年11月19日月曜日

「目が明いたばかりの離乳前の子猫」と「赤穂浪士?」

後志総合振興局からのSOSです。

小樽市内で目が明いたばかりの離乳前の子猫3匹が保護されました。
緊急で授乳可能なボラさんまたは里親さんを急募(警察通報済み)
小樽保健所(0134-22-3118)または後志振興局(013-23-1354)までご連絡お願いします。
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以下、上記とは一切関係ありません、念のため。
これは誰でしょう?
かなりいい男ですが、長谷川一夫(チョト古い!)の大石内蔵助ではありません。
脱走猫を親元さんに届けた後の私です。


脱走猫の対策を実施してみると、
あらためて動物の命に対する人間の様々な気持ちが見えてきます。
私のこの服装ですら、冷たい雨と風の中にじっとしていたら、おそらくは「低体温症」になるでしょう。
北国の猫が爆発的に増えないのは「凍死」があるからです。
そして、
凍死するために生まれてくる命が減らないことも、また、事実です。
無関心は「何もしない」という、大きな罪を背負っていますが、
自己(人間)中心的な「一時の感情を満足させる」ための行動は「凍死猫」を増やし続けます。
人間、誰しも「失敗」はありますし、 避けられない、天災もあります。
しかし、その時、動物に対してどのような行動を起こすか?
仕事、家庭、自分のための必要なゆとり時間、
これらを犠牲にすることが必要な時もあるのでは無いでしょうか?

多様な生命と人間の共生を可能にし、持続させるには、
今、
何をしなければならないのか?
誰もが説明のつかない、
自然という大きなシステムからの問いかけは厳しく、その答えは待った無しです。


「死ぬために生まれてくる命はあってはなら無い」
気づく人は....
少ないと思います。
今は。
「夢は叶うまで不可能に感じる」ものですから。

上記の考えは私の心の中にさえ、賛否両論があります。
しかし、
賛否の以前に
以下の素朴な疑問に心を傾けてほしい、
「なぜ猫犬が身近に存在しているのか?」
重く心に突き刺さる問いのはずです。
真面目に考えて頂ければ。