2013年4月1日月曜日

20匹以上の飼育崩壊!猫が保健所→殺処分 その4と5

3月31日(日曜日)
 チーム・ドクターiが崩壊現場に入り、
 13匹の去勢手術をしました。

応援とともに
 手術台を貸してくれたご近所さん、

 遠くから来ていただいて、
アドバイスをしてくれたボランティの方、
 写真も撮っていただきました。

 快く、ケージを貸していただいたボランティアさん、
 温かいアドバイスにも助けられました。

 なによりも、 温かい応援がうれしく、
 初めてのことに立ち向かう大きな勇気をもらいました。

 本当にありがとうございました。

 安定剤が効かないタフなニャンズもいて、
ドクターもスタッフも傷を負いました。

 イザとなると、
その野生は想像以上の力を発揮します。

 この生命力を無責任に増やし、
 必死に生きようとする動物達を、
ゴミくずのように殺す人達の存在は、
もちろん、重要な問題ですが、
こういう人達の要請に応えて殺処分する現実を、
 見過ごしてはならないと思います。

 猫や犬達をこの世に送り出しているのは私達人間です。
 社会はこの現実に対し「応分の負担」をするべきです。

 保健所は要請が有れば、
「動物を引き取らなければならない」
 法律にはこのように書かれています。
 しかし、
 同じ動物愛護基本法のどこにも
「殺処分」を肯定している一文は見当たりません。

 ある条件の下に殺さなければならないとき
「苦しめてはならない」とは書いてあります。

 人が自分の都合でこの世に送り出した猫達に、
 「殺さなければならない」という理由がどこに在るのでしょうか?

 考えていただきたい、
 「なぜ?犬や猫がこの社会に存在するのか?」

そして、
問いたい、
「貴方は犬や猫を殺すスイッチを押すことが出来ますか…」

関係当局が殺処分を
世に恥じない行為だと確信が有るのでしょうか??。

毎日のように犬や猫を殺している係の人は、
自分の仕事をしているに過ぎないのでしょう。
しかし、
何か想うことは無いでしょうか?
例えば、
 我が子にも同じ仕事をさせようと思えるでしょうか?

 .....................  その5

今日、
朝の六時前に飼育放棄者から電話が有りました。
 内容は「一匹が死んだ」というものでした。
一つの命が無くなりました…。
死因は特定できませんでした。

お寺さんでお経をあげてもらい、
空に送りました。
その他に
流産で亡くなった小さな命二つも、
一緒に空へ送りました。

名前は有りませんでした。
私がお経の前に付けました。
「はる」「うめ」「さくら」です。

私達夫婦の力不足です。

今、
云えることは
「決して無駄にしない」
と云うことだけです…。



0 件のコメント: