2015年10月27日火曜日

みんなここが好き…

みんなここが好き…
よほど寒いとどこかに潜り込みますが、
ちょうど良い温度の場合、このようにノビノビします。
写真はfuちゃん。
原子力発電は徐々に無くなってほしいですが、
もう少し電気料金が安ければ、
このタイプのオイルヒーターが猫達には良いようです。


そして、エル君。こちらはテーブルの上で、ゴロンです。
最近はだいぶ周りとうまくつきあってくれています。
ありがとう。

こちらはちっちゃいのになんとかこの部屋で辛抱してくれている、hanaちゃん。
上手に高い位置を確保。少々不安定ですが、ここも暖かいはず。
がんばれ、(既にがんばっている!)hanaちゃん。

同じ名前のhanaちゃん(人間です)から、支援物資が届きました。オシッコトレーニング用のベッドです。


不妊去勢手術をがんばってくれて、外で苦労している猫達の事を想うと、
こういう内容のブログも気が重くなります。
猫達の天寿がどう有るべきなのか?
一概には言えませんが、人間の無責任が生んだ命を人間が殺さなくても良い社会は、
きっと、穏やかな社会だと想います。


人間はちょっと辛い現実だとしても、その現実を変える事は苦手のようです。
今が一番良い訳ではなくとも。失うものもまた、有るからでしょう。
ただ…、想像するくらいは難しく有りませんし、人に伝える必要も有りません。

さて、人類もまた、自らを動物と認めています。
この人間という動物は本来、他者から奪う事で生き延びてきたとも言えます。
でも、あるとき…人類は人類を殺さなくても生き延びれる事を知りました。
「愛する事です」殺すより愛する方が何となくいい感じだったのでしょう。
「愛」には大きな力が有る事が判っても万能では有りませんでした。いくらかの努力も必要で納得できないことも乗り越えなければならないと悟るまでには何十万年も必要でした。私たち人間は未だ、変化を続けているはずです。
だから、イメージする事はその変化の方向を見極める上で有効で強い力となります。
どのような生き物も他者の命を頂かなければ生存できません。
すなわち、「殺す」ことは「生きる事」と同意義でなくてはなりません。

「生きる為に」「殺さなければならない」場面が絶対に無いとは誰も言い切れません。
今、この瞬間にも、人間は「生きる為に」「殺し続けています」残念ですが、事実です。
その為に使われるエネルギーは凄まじいもので、アメリカの国防総省が一日に使う化石燃料の量はスウェーデンが一日に使う量とほぼ同じだと言われています。
人間は
生きる為に
これからも
殺し続けなければ
ならないのでしょうか…。

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