2007年5月26日土曜日

猫物語4

猫物語
限られた範囲の中で
自分たちの居所を
注意深く探しています。
容易にに姿を見ることは
出来ないのですが、
こちらから探すことは
しないようにして
様子を見ることにしました。
猫物語
突然の環境の変化、
恐怖の体験となった手術、
外に出られないストレス、
これらの悪条件の中でも、
彼らは一度も
トイレの場所を
間違うことがありません。
それは
半年が過ぎた今でも同じです。
人間のほうが落ち着くと、
外に残されている
猫たちのことが
以前より身近な事実として
胸に込み上げてきます。
今後、
何が出来て、
何が出来ないのか、
根本的な解決方法を探るのと、
対処療法の両面が
必要なようです。
0より1のほうが
遥かに多い数なのだと、
自分に言い聞かせては
いるのですが、
空しさのほうが少し強い。
母親は「m」息子は「i」
現代が生み育てた野生が
狭い我が家でどのように生きていくのか、
注意深く見守ることで、
新しい道が見えてくることを
期待している。

2007年5月25日金曜日

猫物語3


悲しむべき野生の摂理です。
種族保存本能が予想より早く出現しました。
親子ですので、状況はお判り頂けると思います。
さて、先ずは捕獲。
都会の野生は簡単にゲージに入るはずも無く、
凄まじい行動力で逃げ惑いました。
ドクターは食事に麻酔剤を混合して、
眠ってもらうことを提案してくれました。
一応、薬はもらってきましたが、
服用させる気にはなりませんでした。
応急的な知識ですが、ショック死もあり得ます。
なんとか段ボールに入っている二つの命を、
そのままゲージに入れました。
タクシーのトランクの中で、
揺られながらどんなに恐ろしい思いをしたことでしょう。
次の日、
退院を迎えにいって、
ゲージの中の二つの命を観たときに、
不覚にも涙がこぼれました。
なんと、
母猫は子猫に覆いかぶさって必死に守っていたのです。
麻酔が完全に切れた訳ではありません、
極端な動きは自分の腹をもう一度切ることになります。
完全に人間を信じなくなっていました。
ごめんなさい、二つの命。
タクシーがマンションに着きました、
まだ一声も泣きません、
自分の居場所を知られまいとする必死の野生です。
ところがエレベーター前に付いたときです、
二週間過ごしただけの我が家が判ったのでしょうか、
それまで聞いたことの無い、
心細そうな、生まれたての赤ちゃんのような、
泣き声を上げました。
二度目の涙が私の心の抑えを無視して、
眼鏡を曇らせました。ごめんなさい、二つの命。
部屋でゲージの扉を開けてもすぐには出てきませんでした。
私達はじっと彼らから見えないソファで
やりきれない思いをこらえていました。
地域猫の存在は決して小さな問題ではないと思います。
地球の温暖化とも決して無関係ではない。

2007年5月24日木曜日

猫物語2



我が家に来て直後の様子です。
名前はお母さんが「m」息子が「i」。
mも少しふっくらしていますがiは「まんまる」で、
新種の動物かと思ったりしました(冗談ですが)。
お母さんのmの目つきは変わっていませんが、
iはやはり子供ですね、
自分に何が起きたかあまり気にした様子は無く、
こんな感じです。
家猫になって二三日は一部屋を独占して
トイレと食事意外は私達の眼に触れることはありませんでした。
押入の奥深くひっそりと警戒しながら過ごしていたようです。
部屋のしきりの襖も10cm位だけ開けて、
いっさい自由にさせておきました。
夜中はごそごそと動いていたようですが、
一日に数回観る程度の日々が続きました。
このままでも好いなあ、首輪を付ける気もないし、
ダッコする気もない、その辺で自由に暮らしてくれれば、
それを眺めさせてもらおう、そんな感じでしたね。
でも、考えてみたら、
有る程度の信頼関係が出来なければ、
病院にも連れて行けない、
まっ、何とかなるだろうとユルク考えることにして、
2007年を無事に迎えることになるのですが、、。

2007年5月23日水曜日

猫物語



この猫くんたちは2006年の12月13日まで都会のジャングルに住んでいました。
親切な人達のおかげで食事はなんとか確保できていたようです。
始めに逢ったのは母親(上の写真)でしたが、冬の足音が聞こえる頃には息子と一緒の姿を見ました。「食事はなんとかしても息子の方が冬を越せるかどうかは判らない」
親切な街の人達は経験からそれを承知していました。人生の進路を変えようと考えていた私達夫婦はこの二つの命と同居することを条件に住まいを探しました。どうやら住居も決まり同居を初めたのですがすぐに悲しくつらい思いをさせることになります。その原因は間違いなく私達人間にあります。