2016年8月13日土曜日

盛況でした、勉強になりました。

いつものことながら、勉強になります。
実際に活動している人たちの声はそれぞれ微妙に違います。
きっかけ、仲間づくり、連絡方法、社会へのアプローチ等々…。
皆さん共通の苦労も有れば、こだわり故の独特の苦労も有るようです。
後継者を育てることと、次世代につなぐ子供達への啓蒙。
どれをとっても、難しい課題ばかりです。


人口減少、少子高齢化、結婚しない人の増加、
正規、非正規など就労状態の多様性、消え行く街、人工が集中する都会、
年金の不安定。

動物のことを真剣に考える人が、
今と同じ割合だとしたら、
将来、増える可能性は低いと思います。


大きな災害が有れば、善意のトレンドはそちらへ向きます。
要は、限られた善意とその善意から生まれる労働力やお金には
限度が有るということです。

パワーを強く、大きくするには、
それぞれの考え方を一つのテーブルに出し合って、それを組み合わせ、新しいシステムを作るという、課題解決法も必要なのかもしれません。



お陽様のおかげでチョットだけ赤くなりました…

アクセス、ありがとうございます。

ありがとう

アガサ、薬を二週間、飲みきりました。
ドクターに報告、指示を頂きました。
「しばらく様子を見てください」
どうか、このままの体調でいてくれるよう、深く念じました。


もの言わぬ、
この小さな、
弱い、
命を、
見捨てようとした社会のシステムを、
私は…忘れない。

mimo(ミーモ)とuran(ウラン)
お兄ちゃんやお姉ちゃんの部屋に入りました。
一応、あっちこっち散策?して、
無事、自分たちの部屋に戻りました。



支援が届きました。
猫はもちろん!人間にも。
特に私の好きなものは必ず入っています。
ありがたいことです。




こうして、生活の一部を猫の命に使う人もいれば、
生活のために猫を殺し続ける人たちもいます。
無論、私たちの無関心が根底に大きく存在します。


究極の場面で、
人は自分を守るために、
他人を傷つけ、
殺すこともあるかもしれません、
戦争がそれを教えて余り有る事実を残しました。
確かに今は、世界中が不穏な空気に包まれています。
しかし、その現実が猫や犬を公費で殺す理由になるでしょうか?
動物を毎日殺さなければならない、何か?理由があるのでしょうか?私たちの知らない究極の場面なのでしょうか?


殺さないためにはどうしたら良いのか?
これこそが、社会の課題です。
全ての人々が役場と一緒になって取り組まなければならない重要な課題です。
これを読んでくださる皆さん、役場へ行って、「殺処分を即刻中止せよ!」と声を大にして伝えてください。
そして、
そのためには何をしなければならないのか?を膝を突き合わせて、話し合ってください。
誰も喜んで犬や猫を殺している訳ではないと思います。
殺し続ける人たちは、きっと、心に大きな闇を抱えてると思います。
その闇が存在することだけで、十分、殺処分が「公に資する」行為では無いことを示しています。


今日も多くの方々のアクセス、ありがとうございます。ご支援を勇気のエネルギーに変えて、前進します。

2016年8月12日金曜日

行ってください!おねがいします。


着実な歩みの「しっぽの会さん」お手本です。このイベントも中身が多岐にわたり、活動の根っこを知ってもらうため。ぜひ!行ってください。そして、何かを感じたら、行動を起こしてください。

クリスティからもお願い。

全国の皆さんへ。
この国には、犬や猫を殺しなさいという法律は有りません。では、なぜ?殺し続けるのでしょうか?
人、もの、お金が無いからです。
では、なぜ?無いのでしょうか?
一緒に考えてください。
どんなに多くの猫や犬が保健所に持ち込まれても、人、もの、お金があれば、殺さずに、天寿を全う出来るよう人々につなぐ時間がで来ます。現に、多くの有志が実践しています。もう一度、お願いします、考えてください、なぜ?犬や猫を殺さないで済むようにする原資が無いのでしょうか?

念のためにもう一つ。
今の日本は自治体の現場が慣習に従って、都合よく法律を解釈して、(ほとんど読まない、確認しないで)殺し続けているだけです。
ちなみに、一度、自治体の最高責任者にお尋ねください、「なぜ?殺すのですか?殺すことが公に資することですか?どの法律を使って殺しているのですか?」と…。そして、納得できる答えが返って来たら、教えてください。「殺処分は自治体が国の示しているガイドラインを無視する、背任行為」です。犯罪です。全国の皆さん!自信を持って「殺処分、即刻中止せよ!」と訴えてください。殺処分が無くなって起こる問題こそ、社会が一段となって解決するべき問題です。

2016年8月11日木曜日

難しい話を簡単に

保健所での勉強会は回を重ねるごとに、解決項目が増えますが、
同じくらいの量の課題も発見されます。
例を挙げますと、
「猫の悲惨な状況」は「社会問題」として受け入れられるか?
という疑問。
この疑問は全てのアクションプログラムに影響します。
簡単な例を挙げれば、
「問題じゃないのだから」「解決する必要性が無い」と考える人々が
存在する現実。
しかし、猫を殺す費用がその人々の税金だとしたら、
どうでしょうか?
わずかな金額だから、大目に見ようという人もいるかもしれませんが、
人件費用を考えれば、関係者がたった一人だとして、猫を殺すだけが仕事でないことが明らかだとしても、年間、数百万円はかかります。公務で猫を殺すこと自体も大きな「?」ですが、
その費用を別な目的に使うことで、
市民が得られるものは有形無形、多くの事柄があります。
ボランティア団体の皆さんから、いろいろと教えていただきながら、
猫の問題は社会の問題なんだということを簡単に説明できるように準備し、
世界に発信できる「動物愛護」のスタイルを創りたいと考えています。
念のため、「殺処分」は「合法」ではありません。
実行は犯罪です。では、なぜ?殺処分が存在するのでしょうか?
関係法令には殺処分をしなければならないとはどこにも書いていません。
更に、
今年の三月八日の国会で環境省はガイドラインの実行にばらつきは有るものの、
「殺処分はしない」という大きな方向はぶれていないと明言しています。
猫(動物)の悲惨な状況を考えていただく皆さん!
ここはしっかりと心に留めて、「なぜ?殺処分が存在するのでしょうか?」を周囲に話してみてください。
よろしくお願いいたします。


写真は「オモシロポーズ」のmimo(ミーモとuran(ウラン)

そして、相変わらずのi君。

豊作になる予感のトマト!

カボチャとラベンダーと何度も咲いてくれる花。


今日のラストはj君で、「おやすみなさい…」


アクセス、感謝いたします。また、明日!

2016年8月10日水曜日

涼しい!

昨日から見れば、今日は秋。
秋と言えば恋…。
しずく(右)はピリカが大好きで…


いつもくっ付いていたいと思うのですが…

meiちゃんはピリカを大好きな訳ではなくて、人間のお父さんのブラッシングが好きなので、ピリカのブラッシングのそばに来て、こうなりました。

nonちゃんはこういう光景があまり好きでは有りません、という訳ではなく、ピリカの特別メニューのご飯が気になるのです。

しずくはちょっとさみしくて、怒っているように見えます。

でも、今日は涼しー!からヨカッタ。
しずくはこの後、すぐにピリカの方から近寄って来たので、機嫌が治りました。チョットだけですが遊んでいました。ピリカは誰とも多くの時間、一緒に居ることが出来ません。何時も一人です。人間のお父さんとくっ付いている方が長いかもしれません。個性、そう思うようにしています。今は向精神薬を控えています。こちらの気持ちが折れるとピリカがもっと下を向いてしまいそうで、逢いにいくときはこちらも気合いを入れて、気持ちを明るくして、そばに寄ります。ブラッシングセット(小さいクシとハサミとブラシ)を忘れずに…。


10日、保健所での勉強会に行ってきます。9日は保護団体さんが電話でいろいろと教えてくれました。ありがたい、そして、そのシステムにビックリすることが多いこと。時間がかかってここまで来たんだなあとつくづく思いました。猫の問題は少子高齢化の問題、そして、経済の問題。社会を形成するあらゆることが深く関わっています。突き詰めれば、社会の問題、人の問題。

2016年8月9日火曜日

人工雨?

暑さ対策、万策尽きて、
除湿器を購入。
mimo(ミーモ)とuran(ウラン)の部屋、なんとかカリフォルニアのようにカラッと!

砂はアマゾン。?

暑いとだらける?
別にだらけている訳では有りません。
キャイ〜ンのようにも見えますが、
のびているだけです。

大好きなjに甘えようとするクリスティ。
あまりうるさくすると、ガブッと!

今日の「のびてるポーズNo.1」monちゃん!!!
ひっくり返っているんですがE難度のひねりが入っていますので「金メダル」です。

今日は屋根に水をかけるというスゴ技!
雨乞いの儀式です。
遠くの空がモクモクと黒くなって
ヨッシャ!
でも、雨雲は我が家にまでは届きませんでした。


今日もおつきあいいただいて、ありがとうございます。


イチローさんがメジャー通算3000本安打を達成しました。おめでとうございます。目標に向かって毎日努力を重ねた結果。「毎日の努力」「あきらめない心」

2016年8月8日月曜日

夏は

夏はこんな風に過ぎていきます。







それぞれが、扇風機の音を我慢して、なんとか残暑を乗り切ります。

札幌の人たちが小樽の猫のために懸命の努力をしている。
何となく、気恥ずかしい。


日曜日の夕暮れは重い。

2016年8月7日日曜日

こんなときは…

こんなときって、どんなとき?

残暑が続く毎日でも、
ちょっと涼しい風が家中をゆっくりと過ぎる束の間。
当然、ジェイ君は私のベッドでお昼寝。


modo(モド)は涼しい床をゆっくりと歩いて、
私に何かを伝えたい。
私は何かを判らない。
一瞬のことだがゆっくりとした風を感じる。

cocoちゃんも両手をそろえて、この風を全身で感じている。



庭は必要以外に雑草狩りと称する殺生は止めた。クモの巣を取り払うのも遠慮しながらだ。ご飯を食べにくる猫と人間のお母さんにとってどうしても 必要なわずかな幅の道を除いて、風の成すがままにしている。
植物の学問をした人が見れば一目瞭然の花の種類、こちらはとんと判らない、雑草手帳などという物を買ってみたが、照合が容易ではない。名の無い植物は無いと言われるが私にとって多くは「名も知らぬ花」だ。こうして、ハッとするほどの可憐な花に合うことは少なくない。毎日見ているはずだが、こちらの心根がハッとする余裕を無くしている。



こんなときは、
「明日が有るさ」と思うようにしたり、
そのくせ、
「小学生の夏休み、乾ききったグランドでバッタを追いかけ、未来のことなんか考えなかった」ホコリまみれで空っぽの心なんかを懐かしく思う。
どの道も必ず海に出る、その海が見えないときの方が長い…。



今日もおつきあいいただき、感謝します。明日(もう今日ですね)はタフな残暑が待ち受けているようです。ルームサウンドは「サンタナ」か「ボブマーレイ」か???それっじゃ、また明日。